大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 昭和47年(ヨ)161号 判決

申請人

田中モト

外二名

右三名訴訟代理人

坂元洋太郎

外七名

被申請人

北九州市

右代表者

谷伍平

右訴訟代理人

苑田美穀

外七名

主文

一、本件申請はいずれも之を却下する。

二、訴訟費用は申請人らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、申請人ら

(一)  申請人らがいずれも被申請人の職員たる地位を有することを仮に定める。

(二)  被申請人は、申請人らに対し昭和四七年一月一一日以降毎月二〇日限り各金六万円を仮に支払え。〈後略〉

理由

昭和三八年一〇月一日被申請人が申請人らを少くとも形式上嘱託として任用し、学校図書館事務を委嘱し、以来昭和四七年一月一〇日に至るまで、それぞれ一〇回にわたつて、一年以内の任期を限り、嘱託を更新するという形式で任用を継続してきたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、被申請人の申請人らに対する最終の嘱託発令はいずれも昭和四六年八月一日であり、その辞令上任期は昭和四七年一月一〇日となつていたことが一応認められる。

(一)  ところで申請人らは、昭和三八年一〇月一日の委嘱について、いずれも嘱託期限の定めなく地方公務員法上の一般職として任用されたものである旨主張するのに対し、被申請人は一年以内の嘱託期限を付した上同法上の特別職たる非常勤嘱託員として任用したものである旨抗争するのであるが、当裁判所は、結論として、申請人らは右同日いずれも地方公務員法 の特別職たる非常勤嘱託として任用され、学校図書館事務を委嘱された上一年以内の嘱託期限を付されて約一〇回に亘り委嘱が更新された後、昭和四七年一月一〇日期限到来により被申請人の職員たる地位を当然に失つたものと考える。以下その理由を、先ず申請人らの身分の性質について、次に嘱託期間の有無について分説する。

1  〈証拠〉を総合すると、申請人田中は昭和三六年六月一日から小倉市立菊陵中学校のPTA雇用の学校図書事務員として、申請人保田は昭和二八年一〇月一日から小倉市立堺町小学校のPTA雇用の学校図書館事務員として申請人辻は昭和三二年四月一日から小倉市立富野中学校のPTA雇用の学校図書館事務員としてそれぞれ図書事務に従事していたこと、昭和三八年二月一一日の五市合併後、被申請人は、PTAに雇用され学校図書館の事務に従事する者を被申請人の一般職々員として任用する(定数化)こととし、同年七月一七日申請人らが所属する市職労との間でその細目につき、(1)定数化の対象者は、昭和三八年二月四日現在、市立小中学校における学校図書館事務に従事するためPTAに雇用され、同事務に従事する者のうち、選考試験に合格した者とする、(2)定数化の時期は昭和三八年一〇月一日とする。なお、採用にあたつては面接並びに健康診断を実施する、(3)定数化対象者の決定並びに第一項の選考試験に合格しなかつた者の取扱いについては別途協議するなどの点で合意に達したこと、ところで申請人らはいずれも被申請人の人事委員会が定めた選考試験の受験資格年限を超えていたため(当時申請人田中は五一才、同保田は五〇才、同辻は四九才であつた。)、定数化対象者から除外されたこと、そこで、被申請人は前記合意(七月一七日付合意(3))に基づき市職労と特別に協議した結果、同年一〇月四日市職労との間で申請人らの取扱いにつき、別途申請人らを嘱託として任用することとし、給与は退職金を除き、昭和三八年一〇月一日付で被申請人の教育委員会に採用される他の事務員のそれと同条件とする。なお嘱託期間については一般職員の例によることとする旨合意に達したこと、そして申請人らもこれを了承し、同年一〇月一日付で申請人らに対し、学校図書館事務を委嘱する旨の辞令が発令されたことを一応認めることができる。

右認定の申請人らが採用された経過、即ち、申請人らが一般職任用の要件である競争試験あるいは選考(地公法第一七条)の資格要件を欠いていたこと、申請人らには常勤の職員には支給される退職年金、退職一時金(地方自治法第二〇五条)の適用がないこと、申請人らの採用の形態は嘱託であり、申請人らの取扱に関する被申請人と市職労との間の合意も、明らかに申請人らが一般職々員とは異つた身分であることが前提とされたうえ、その勤務条件等につき取りめられていること、及び申請人らも又自己に対する任用が、少くともその身分上の資格の面で、同時期に採用された他の一般職々員とも異つた資格でなされるものであることについては、充分にこれを了承していたと考えられることなどの諸点に照らすときは、申請人らは地公法第三条第三項第三号の特別職たる「非常勤嘱託員」として学校図書事務委嘱されたものと認めざるを得ない。

申請人らは事務の実施からみても事務の性質内容からみても申請人らは地方公務員法上の一般職以外のものではありえない旨強調するので考えるに、前者については、〈証拠〉によると、申請人らは他の常勤の一般職々員として任用された図書館事務員職員と同様に勤務し、申請人保田芳子においては勤務校の教員、事務員と同様に学校の各種行事にも参加し校務分掌をもなしていたこと、又給与その他の労働条件についても退職金に関するものを除き、他の図書館事務職員とほとんど同一の取扱いがなされていたことを一応認めることができるところからすれば、申請人らの勤務の実態は常勤者と何ら変わりなく、その労働条件も他の一般職々員とほぼ同一であつたことが明らかである。

然し乍ら勤務の実態が実質的にみて常勤であるからといつて直ちに当該勤務者が地方公務員法上の非常勤者としてではなく一般職として任用されたものである旨断定することはできないのみならず申請人らに対しては、右認定のとおり、一般職の職員に対して当然に適用される退職金制度が適用されていないこと及び〈証拠〉から推知できるとおり、被申請人らをかかる勤務形態及び労働条件で取り扱つたのは、申請人らを一般職の職員とは異つた身分として任用したものの、市職労との昭和三八年一〇月四日付合意もあり、人事行政上なるべく一般職々員と同一に取扱い労働力を確保すると同時に現場における差別感を少くするよう配慮した結果であること更には申請人らが特別職として任用されたことと同人らが他の一般職々員と同様に扱われたこととは必ずしも矛盾するものではないことなどに鑑みると、申請人らの勤務形態及び勤務条件の実態が一般職々員と変わりがなかつたからといつて、申請人らが主張するように同人らが一般職々員として任用されたものと断ずることはできない。

又次に後者の職務の性質、内容については、〈証拠〉によれば、学校図書館事務は、総務的職務、整理的職務(図書の選択、図書の注文受入れ、図書の分類、蔵書の保管と除籍、視聴覚資料、特殊資料の収集等)及び図書館内外活動による奉仕又は指導の職務など多様にわたるものであることが一応認められ、右認定の事実に学校に学校図書館を設置すること及びその専門的職務を掌らせるため、司書教諭を置くことが現行法上義務づけられていること(学校図書館法第三条、第五条)などからすれば、確かに申請人ら主張のとおり、学校図書館事務はその職務の性質上恒常的、専門的な側面を有するといえるのであるが、抑々公務員法上当該公務員の従事すべき職種と当該公務員の身分の関係を固定的、一義的に解釈しなければならないいわれは全くないのであつて、例えば、常勤職員であつて臨時的な職務のために任用されるものがあつて当然であるのと同様非常勤職員であつて恒常的、専門的な職務のために任用されるものがあつて然るべきであることは多言を要しないところであり、この意味においては、職務の性質が恒常的、専門的であることを申請人らが一般職であることの一証左であると主張する申請人らの主張じたい適確を欠く主張といわなければならない上、学校図書館法の右法条の一方において、学校図書館法附則によれば「学校には当分の間司書教諭を置かないことができる。」ともされているのであつて、現行法上あるいは制度上、常に学校図書館事務が地公法第三条第三項第三号にいうところの「臨時または非常勤」では務まらない勤務とは到底認め難いものといわねばならない。しかのみならず、申請人らが一般職々員として任用されるための選考試験の受験資格を欠いていたことは前記のとおりであるから、申請人ら主張のとおりその職務内容の性質等から申請人らを一般職の職員として任用されたものとして取り扱うことは、地公法第一五条ないし第二一条の規定を潜脱することとなり、許されないところといわねばならない。

2  そこで、次に申請人らの「非常勤嘱託員」としての嘱託期間の有無について判断する。

(1)  前示当事者間に争いがない事実と〈証拠〉を総合すれば、次の事実を一応認めることができる。

(イ) 申請人らは昭和三八年一〇月一日被申請人から学校図書館事務を委嘱されたが、その際発令された辞令上は期限の記載がなかつたこと、しかしながらその後申請人ら各自に対し昭和三九年四月一日付で昭和四〇年三月三一日まで学校図書館事務を委嘱する旨の辞令が発令され、以降、同年四月一日付で昭和四一年三月三一日まで、同年四月一日付で昭和四二年三月三一日まで、同年四月一日付で昭和四三年三月三一日まで、同年四月一日付で同年九月三〇日まで、同年一〇月一日付で、昭和四四年三月三一日まで、同年四月一日付で昭和四五年三月三一日まで、同年四月一日付で昭和四六年三月三一日までそれぞえ学校図書館事務を委嘱する旨の辞令が発令されたこと、しかして申請人らはこれらの辞令を異議なく受領してきたこと、

(ロ) 昭和四六年三月二六日、申請人らは市職労小倉支部長中村匡貴と同本部中央委員久保山敦とを伴い、被申請人の教育委員会総務部総務課長津本拓男及び同教職員課教職員係長三宅清種らと会い、報酬について交渉したが、その際津本らから申請人らの高齢を理由に、期限後の嘱託更新については難しい旨を告げられたこと、これに対し申請人らは嘱託継続の希望を述べるとともに、この問題についての今後の交渉を望んだこと、そこで教育委員会は同年四月一日、交渉、期間の設定という意味も含めて、申請人らに同年七月三一日まで学校図書館事務を委嘱することとし、申請人らはその旨の辞令を異議なく受領したこと、

(ハ) 当時被申請人(北九州市)では人事の刷新を図るため、満五八才に達した職員を勧奨退職の対象者として扱い、退職を勧告していたこと、

(ニ) その後同年六月二二日及び同年七月一二日、市職労関係者と教育委員会当局との間で、申請人らの嘱託継続問題につき折衝が重ねられたが、嘱託更新拒否を解雇ととらえてこれに反対する市職労と、申請人辻については満五八才に達する日まで嘱託を更新するが申請人田中及び同保田については既に満五八才を超えているとして嘱託更新は行なわないとする教育委員会当局とは対立したままさしたる進展を見なかつたこと、ただ、七月一二日の交渉において教育委員会側から、申請人田中及び同保田につき報酬を下げて嘱託更新する余地のあることが表明されたこと、同月一六日申請人らが教育委員会に三宅係長をたずね、嘱継託続問題に関する当局の意向をただしたところ、三宅は申請人田中と同保田については同年一二月末まで報酬月額二万五〇〇〇円で嘱託を更新する意向のあることを示したこと、

(ホ) 同月一九日、市職労側から中村と本部執行委員会金子弘光が出席し、教育委員会総務部長小田太一らと交渉したが、その際教育委員会側から申請人辻については同人が満五八才に達する昭和四七年一月一〇日まで報酬月額六万円で、申請人田中と同保田については昭和四六年一二月末まで報酬月額二万五〇〇〇円でそれぞれ嘱託を更新する旨の案が提示されたこと、しかしてこれにつき双方が折衝した結果、一応、申請人辻については右提案どおりとし、申請人田中と同保田については報酬月額三万円で昭和四七年三月二〇日まで嘱託を更新することで意見の一致をみたこと、

(ヘ) ところで七月一九日の交渉の結果につき報告を受けた申請人らが申請人田中と同保田の更新後に不満を示したので、同月三一日市職労本部書記長門司洋一らと教育委員会の小田及び三宅が交渉した結果、教育委員会側が交渉のむし返しに強い不満の意を表明しつつも、市職労の申出に譲歩し、申請人田中と同保田については報酬月額を現行どおり六万円とするが、嘱託期間については申請人辻が満五八才に達する日の昭和四七年一月一〇日までとすることで双方合意に達したこと、しかして右期限以降の申請人らの取扱いについては、教育委員会側が嘱託の更新をしない旨強く主張したのに対し、市職労側はその更新を望んだため、この点についての合意は得られなかつたこと、一方、申請人らは右結果につき門司らから報告を受けこれを了承したこと、そこで被申請人は昭和四六年八月一日、右合意に基づき、申請人らに対し昭和四七年一月一〇日まで学校図書館事務を委嘱することとし、その旨発令したこと。

(2)  ところで、申請人らが昭和三九年四月一日以降一年以内の任期を定めて発令された嘱託辞令をその都度異議なく受領していることは先に認定したとおりであり、又任用形態が「非常勤嘱託」である場合、予算措置上嘱託期間を当該会計年度内に限るのが通常であると考えられることに鑑みると、辞令面上任期の記載がなかつた昭和三八年一〇月一日付の申請人らに対する「非常勤嘱託」の発令に際しても、その任期は一応昭和三九年三月三一日とすることで双方が暗黙のうちに了解していたものと認めるのを相当とすべきであり、これと前記認定の事実を総合すれば、申請人らはいずれも昭和三八年一〇月一日以降「非常勤嘱託員」として任期を定めて任用されたが、その後一〇回にわたり、任期を限つた嘱託の更新、即ち嘱託任用が反復継続されてきたものということができる。

申請人らは、その任用が期限の定めのないものであることを緯々主張し、その所以の一つとして、申請人らの嘱託期間については一般職員の例による旨の被申請人と市職労との間の同年一〇月四日付合意の存在を強調するところ、右合意における一般職員の例による旨の措辞は必ずしも適切妥当なものとは認め難いのであるが、前認定の事実からすれば、右の合意は他の一般職々員が慣行上退職すると考えられる時期、即ち勧奨退職年令(五八才)に達するまで嘱託を更新する趣旨であると解する余地がないわけではないのであつて、少くとも右の解釈の方が申請人主張のように地公法上任期の定めがない一般職と同様任期のないことを合意確認した趣旨であると解釈するより合理的であること、更には前記認定にかかる申請人らの嘱託の更新に関する交渉の経緯に鑑みれば、申請人らは、少くとも昭和四六年八月一日、同人らに対する昭和四七年一月一〇日までの嘱託任用を承諾し、その後の更新については交渉次第であるが、一応同日をもつてその身分を失うことについてはこれを十分認識していたものというべきであること等の事情を総合すれば、その任用が期限の定めのないものである旨の申請人らの主張は到底採用の限りではない。

3  以上によれば、申請人らは、昭和四六年八月一日に、昭和四七年一月一〇日を期限とする「非常勤嘱託員」として最終的に任用されたが、昭和四七年一月一〇日の経緯によつて被申請人の嘱託員としての地位を失つたものというべきである。

(二)  申請人らは、仮に申請人らが特別職の職員として任用されたとしても、申請人らの職務の内容、性質、勤務の実態からすれば、申請人らに対しては、一般職の規定が類推適用さるべきであり、地公法第二八条ないし第二九条所定の事由のない限り解職できない、あるいは地公法の規定が類推適用されなくても申請人らを解職するには合理的理由の存することが必要である旨を主張するが、右主張は申請人らが期限の定めなく任用されたものであることを前提としているところ、その前提において理由がないことは、既に見てきたところから明らかであるから、申請人らの右主張は採用の限りではない。

(三)  又申請人らは、被申請人が任用の更新をしないのは権利の濫用であり、従つて申請人らは被申請人の職員たる地位を有する旨主張するが、申請人らは既に述べたとおり嘱託期間の満了により当然に被申請人の嘱託員としての地位を失つたものであつて、嘱託期間が当然に更新されるべきものでもない以上、申請人らの身分を継続させるためには被申請人の新たな任用行為(任用の更新)が必要であるというべきであるところ、被申請人が任用の更新をしないこと(不作為)が権利の濫用にあたり許されないからといつて、当然に申請人らに対する任用行為(作為)があつたものということはできないから、申請人らの右主張も又失当といわざるを得ない。

以上の次第で、本件仮処分申請は所詮被保全権利の疎明がないことに帰するので、これを却下することとする。

(なお、本件仮処分申請は、その実体について判断する以前において不適法であり却下を免れないと考える余地があるので、以下この点について寸言する。本件地位保全申請仮処分の本案をなすべき訴訟は期限付任用行為の付款たる期限部分の不存在ないし無効を前提として現在の法律関係たる地位の確認等を求める公法上の当事者訴訟(いわゆる争点訴訟)であると思料されるところ、公務員の任用行為の本質は、公法上の契約と異り、当事者間の合意以外に公益性が必要とされる行政庁の特殊な行政行為というべきであつて、その付款たる期限が一応外形上適式に存存在している場合において、その不存在ないし無効を主張することは、是即ち期限の到来による職員たる地位の消滅という効果を阻止する点において、消極的ではあるが任用行為によらずに新たな権利関係を形成すると同一の内容を保有するものである。その意味において、本件地位保全等申請の仮処分は行政事件訴訟法第四四条に抵触して許されず、暫定的な権利形成の方法は、同法第二五条の類推適用による執行停止の方法に依るべきであつたと解する余地が多分にあるのであつて、本件仮処分申請は抑々訴提起の方法を誤つて不適法であり、その実体について判断する必要がないかの問題が存する)。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(鍋山健 園田秀樹 坂本重俊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例